ある会社の社員であるAさんは、休日に友人と酒を飲んだ帰り道で、泥酔していたため、電車のなかで見ず知らずの若い女性に抱きつくという痴漢行為をしてしまった。事件としては、相手方に誠意をもって謝罪したことなどからAさんは不起訴処分となったのだが、警察から連絡を受けたAさんの勤務先である会社は「会社の品位を傷つけた」という理由でAさんを懲戒解雇とすることとした。
これに対しAさんは「私生活上の問題で解雇されるのはおかしい」と解雇の取り消しを求めてきた。
「私生活上のこととはいえ、痴漢行為を働くような問題のある社員を会社に置いておくわけにはいかない」
「会社とはまったく関係のないプライベートな問題で、解雇されるいわれはない」
このケースの場合、会社に具体的な損害が発生したかどうかが明らかではありませんが、もし企業のイメージや信用を大きく損なう結果が発生したのであれば懲戒解雇も妥当だと考えられます。信用を大きく損なうケースとしては、マスコミに報道されてしまったり、上場企業がそのことで株価が下落したりと、目に見える損害があった場合に限られるでしょう。
そもそも就業規則は、会社の秩序を保つのが目的であり、会社外での出来事にまで及ぶものではありません。たいていの会社では、就業規則において「会社の名誉、信頼を毀損した場合」を懲戒解雇事由として規定していると考えられますが、この規定もプライベートまで関与することはできません。
しかし、場合によっては社員のプライベートに及ぶこともあることを知っておきましょう。たとえば、犯罪など社会的、道義的に問題のある行為をして会社の信用をおとしめた場合。正当な根拠もなく会社を誹謗中傷して業務妨害をするような場合。こうしたケースでは、社外の就業時間外の行為でも、会社は懲戒処分を行なうことができるとされています。
具体的には、就業規則に「窃盗など刑罰法令に触れる行為をし、会社の名誉または信用を失なわせた場合」懲戒解雇とすることが定められていればよいのです。すなわち、職場外でなされた、仕事に関係のない行為でも、懲戒権がおよぶわけです。
その範囲としては、まず、企業の秩序に直接の関連があって、しかも、それが規制の対象となり得ることが明らかである場合をあげています。
さらに、企業は社会において活動するのですから、社会的な評価の低下や毀損は、企業の円滑な運営に支障をきたすおそれがあり、評価を低めたり傷つけたりすると客観的に認められる行為も、職場外でなされた仕事に関係のないものであっても「広く企業秩序維持確保のために、これを規制の対象とすることが許される場合もあり得るといわなければならない」としています。
社外で就業時間外に起こした事件でも、新聞ざたになって顧客の信用を失なうようなことになれば、十分に懲戒解雇事由となり得るといってよいでしょう。
ただ、懲戒解雇とするには、事件を発生させた原因、暴行の態様などを総合的に考えて「重大な秩序違反」と認められることが必要です。プライベートの時間に酔っぱらってチカン行為を働いたAさんのようなケースでは、具体的に業務に支障をきたすことがなかった場合などには、懲戒解雇が妥当でないとされることもあるわけです。
事件の行為が、窃盗や覗きなどの軽犯罪については、社名が公表されることが少ないようですので、懲戒解雇までの処分は厳しいと考えられます。このケースのような痴漢行為が1回ではなく常習犯であった場合や、ストーカー行為のような性犯罪は、社会に与える影響が大きく、解雇を適用することが妥当だと思われます。
このケースは常習犯ではないようなので、懲戒解雇は適用できないと考えられますが、たとえばAさんが管理職である場合には「適性がない」という理由で降格されるようなことは十分にあり得ます。
会社は普段の社員教育の場で、社員一人ひとりに社会的責任を認識させるようにし、プライベートにおいても、一社会人として自己の行動に責任を持たせるよう指導するようにしていくのが予防になるでしょう。
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