事件の概要
「会社が苦しいときはわれわれの生活も苦しいんだ」と、全員が賃金カットに反対した。自動車貨物運送業A社でのことだ。A社は顧客からの値下げ要求がきびしく、大幅な経費削減に迫られている。資産の売却や業務の合理化などでしのいできたのだが、状況は悪化し、倒産するおそれもでてきた。希望退職者を募ったが応募者はなく、やむを得ず整理解雇に着手する前の段階として、社員の賃金を一律10パーセントカットする内容の就業規則の変更を行なった。このときに社員の意見を聴いたところ、全員が賃金カットに反対し、就業規則変更の取り消しを求めたものである。
会社の言い分
「このままの労働条件だと会社はやっていけないのでやむをえない。倒産したら、元も子もないんだぞ」
労働者の言い分
「労働条件は労使が合意して決めるべきものなので、一方的な変更は認められない」
NC労務より解決提案
社員に不利益な労働条件は一方的に課せられない?
このケースの場合、A社がほかにとり得る手段を尽くしていたと認められれば、不利益変更は有効です。
順を追って考えましょう。
いったん労使で合意して取り決めた労働条件を変更する場合には、再び労使で協議して決定するのが筋でしょう。ただ、社員数が少ない会社であれば個別の協議も可能かもしれませんが、ある程度以上の規模の会社では、これを行なうことは実質的に不可能です。そこで、こうした会社では、労働条件の変更は、おもに就業規則の変更という形で行なわれます。
就業規則を作成、変更するには、社員の意見を聴く手続きが必要ですが、基本的には会社が一方的に作成、変更できます。ですから、会社が、就業規則を社員に不利益に変更することによって、それまでの労働条件を一方的に切り下げることができるかどうかがしばしば問題となります。
新たな就業規則の作成または変更によって社員の既得の権利を奪い、社員に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないとされています。ですから、不利益変更をするにあたっては社員の同意が必要であるとする判例も多く出ているのです。
が、事業場全体の労働条件を画一的に決定するという就業規則の性質上、実質的に社員全員の同意を得ることは非常に困難です。また、事業の経営環境は常に変動するため、ときとして労働条件の切り下げもやむを得ない場合があるでしょう。
したがって、合理的な理由がある場合にかぎり、会社による一方的な不利益変更が認められています。合理的な理由であるかどうかについては、変更の内容および必要性の両面からの考察が必要とされ、
(1)不利益の程度とその代償のバランス
(2)変更をしない場合に発生する弊害とその蓋然性
(3)社会通念
などを総合的に勘案して判断されることになります。このケースの場合、A社がほかにとり得べき手段を尽くしていたと認められれば、この不利益変更は有効です。
短期間で就業規則を変える場合は?
では、たとえば就業規則が決められて一か月という短期間で、資金繰り悪化などを理由に労働条件引き下げの方向に変更されるといったことは認められるのでしょうか。
合理的な理由がある場合にかぎり、会社による一方的な就業規則の不利益変更が認められている目的の一つに、硬直的な規則が事業の正常な運営をさまたげるような事態を回避することがあると考えられます。つまり、会社をとりまく環境に柔軟に対応できるように、会社による一方的な変更も場合によってはやむなしとするものです。
環境の変化を前提としている以上、労働条件の低下につながる就業規則の変更には、従来の規則制定から一定の時間的な経過が前提となります。従前の就業規則制定からあまりに早い変更を行なうことは、恣意的なものと考えられるわけです。とくに不利益変更の場合には、合理的な理由を見出すことが困難な場合が多いでしょう。
したがって、多くの場合、こうした就業規則の変更は無効とされます。
故意にこうした変更を行なうのは論外ですが、仮に経営上の見通しが甘くてこうした結果になったとしても、信義則上大きな問題があるといえます。さらに、短期間で就業規則を変更する場合は、会社がほかにとり得る手段を尽くしていたとも考えにくいことから、就業規則変更は無効になる可能性が高いでしょう。